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「ずくの種」の効果的行動の具体的な事例 [面白中学の三年間より]

自分はけして裕福な環境に育ったわけじゃありません。まして、生みの母は中学一年の時なくなっている。どちらかといえば、苦学をしてきたと思っています。

私たちの年代の人たちは少なからずこんな経験をしているものと思うけれど、・・・・・。

先生に書いたたった一度だけの手紙
卒業してから、といっても在籍中も手紙なるものを先生にだしてはいなかった。年賀状すら出したことはなかった。

定時制に合格して4月から学校に行く旨を伝えたことがある。先生からの返事は「元気で頑張っている姿を思い起こしている。」と書かれていたと思う。

こんな手の焼ける生徒はいままでいなかったものと見受けられたが、脱線授業が得意で実にとんでもないことを考えていたり、興味のないことはとことん手抜きをしたりするし、少々のいたずらが何よりも好きで、・・・・。【忘れなくする為の方法であったりして、感動体験を利用。】・・・。

中学時代の反省と志【学校にポプラを植える理由。クラーク博士の精神。】を持って【自分で勉強しなおすと決意して、】学生服を着ることにした決意だけを先生に伝えておこうと思ったからに他ならないのである。

【宣言してしまうことで、如何しても卒業までがんばるという弱い心を縛りたかったのである。】と同時に関心のあることのほうへ行ってしまいかねない自分にガードレールを敷くことにしたのである。

要するに、自分自身とする契約に、手紙を通して先生に立会人になってもらったということです。

「参考文献、サイコサイバネティクスに関する一連の書籍ですが、この手紙をそういう目的で書いた頃はその情報すらなかったことになります。」
「参考文献、面白中学の三年間とその後。 このとき既に「ずくの種」の一部は実行していたということです。」

【好奇心 これさえあれば どこに居ても いかなる時も そこが学び舎】【歌で紐解く夢ナビノート】


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